人材市場価値(マーケットバリュー)を高めるための戦略、第5回です。これまでの記事はこちら。
これまでの内容をまとめると、市場価値の向上を考える際には、
- 高年収をもたらす市場価値と安定をもたらす市場価値は別物
- 専門領域に特化したスキルをつける方向性は高年収を、専門領域を拡張する方向性は安定をもたらす
- この両者を最適化することが大事
という話をこれまでしてきました。前回は特に専門領域に特化したスキルをつける上でのポイントを解説しました。
今回は専門領域をどう拡張するかという戦略を書いていきたいと思います。
拡張するとは多機能ボールペンを目指すこと
書く機能だけに特化したボールペンは、たとえばペーパーレス化で書くこと自体のニーズが激減してしまえば捨てられてしまいます。
一方で、ペンライトととか定規とか別の機能をつけた多機能ボールペンなら、そっちの用途でも使えるという理由でデスクの引き出しに残り続けるかもしれません。
あるマーケットに必要なスキルに集中しすぎると、そのマーケットがダメになった時に行き場所がなくなって食いっぱぐれます。
こうしたリスクに対処するために商品としての自分を多機能化する。そのために自分のいるセグメントから積極的にはみ出していく、これが拡張のイメージです。
拡張の仕方は2パターンある
専門性を拡張する際、何も考えずに新しい専門性をつけたしてもダメで、市場価値向上につなげるためにはいくつか有効なパターンがあります。
①横の拡張
昨今はひとつひとつの職種の高度化・複雑化のために、それぞれ細かいサブ職種に細分化していく傾向にあります。
たとえば私の会社の場合、人事だと採用系・研修系・報酬制度担当・ビジネスパートナーといったサブ職種ごとに別チームになっており、それぞれ報酬水準もバラバラです。
こういった時に、たとえば報酬・制度設計から労務とかビジネスパートナーといった、人事という仕事のカタマリの中の別の領域に拡張していくのが横の拡張です。
これは管理部門のバックオフィス職種、ITエンジニアなどで有効です。
これを極めるのを私はフルスタック戦略と呼んでいます。
現在一部の仕事は域ごとの専門化が進んできているため、様々な職種が細かいサブ職種に分化していっています。みんな非常細かいサイロ化した仕事をしているわけです。
そのためいわゆる「なんでも屋」タイプの相対的な価値が上がってきている面があり、フルスタックなスキルを持っている人はベンチャーや小規模な会社ではかなり需要があります。
こういう中小・ベンチャーの性質については以前にも解説しましたね。
そんなわけでたとえば経理財務系でいえば、決算、売掛買掛、税務、財務・資金調達といった領域を一通り経験していればまず食いぶちに困ることはありません。
ではどうやって横の拡張を実現していくか?
横の拡張については社内での異動で実現するパターンと転職で実現するパターンと両方あると思います。
ただフルスタックまで持っていこうとすると、現在自分にたりてない領域を補強するために運か計画性が必要です。
つまり人事異動でたまたま担当できるような幸運に恵まれるとか、計画的に転職して不足している経験をとりにいくということです。
また横の拡張をしていく中で自分が心から熱中できる領域が見つかった場合、今度は集中戦術に切り替えてその領域を深掘りすることもできるもこの戦略のメリットと言えます。
②縦の拡張
ビジネスの流れ(バリューチェーン)のより川上、もしくは川下への拡張をするのがこれです。
たとえば自動車業界の例で考えてみましょう。
自動車は部品点数の多い製品なので、完成車メーカーのほかにファースト・ティアーと呼ばれるデンソーのような大手部品メーカー、その大手部品メーカーに中間部品を提供するセカンド・ティアーの部品メーカー、さらに彼らに細かい部品を提供する町工場のような小型部品メーカー・・・といった具合にたくさんの企業が関わってきます。
こういうメーカーの生産におけるモノの流れを川にたとえて、原料・部品側を川上、完成品側を川下なんて言ったりしますね。
この時、たとえば下記のような転職を実現させると効果的な拡張になりえます。
①完成車メーカーの品質管理職から大手部品メーカーの品質管理職に転職する
この例だと、完成車メーカーの厳しい品質管理の基準を知っていることで、部品メーカーの品質部門で物凄くバリューが生まれます。
今度は同じ自動車業界の別の例を見てみましょう。
②大手部品メーカーの調達・購買担当から下請け部品メーカーの営業職に転職する
このパターンでは顧客側のニーズを理解したセールスができるため、自動車部品業界では非常に売れるようになります。
上記はこれらはいずれも顧客側からサプライヤーへの転職ですが、その逆で成功するパターンもあります。
③人材紹介・ヘッドハンティング業界から企業の人事採用担当への転職
私自身がこのケースに該当しますが、人材紹介側で培った応募者獲得のノウハウとか有力なヘッドハンターとのコネクションが企業の採用担当として他の人事との差別化につながります。特に昨今の日本は人手不足ですから、応募者獲得スキルの高い人事はマーケットで売れるわけです。
5フォース分析による業界分析
このように世の中には
川下から川上に移るのが効果的な業界
川上から川下に移るのが効果的な業界
があります。
そこで自分の業界がどちらなのかを考えるために有効なのがポーターの5フォース分析です。
これですね。
出典:https://bizhint.jp/keyword/168900
このフレームワークはもともと業界構造を分析して参入の際のリスクや収益性を占うためのものですが、キャリア戦略の検討にも応用できます。
多くの場合これの、売り手の交渉力が強い業界では川上から川下への転職が、
買い手の交渉力が強い業界では川下から川上への転職が有効です。
売り手が強い業界の代表例でMBAの授業なんかでよく習うのはたとえばPC業界ですね。Windows/Intel連合(サプライヤー)がPCメーカー(メーカー)に対して非常に交渉力が強いわけですが(最近はまた事情が変わってきているかもしれませんが)、こういう業界は川上→川下転職が効果的なことが多いです。
あとはアウトソーサー/コンサルから側から企業担当者側にうつる、というのは典型的なマーケットバリューにつながりやすい転職です。この場合はベストプラスティスや他社事例知ってることが強みになります。たとえば以下のようなパターンです。
- SIから社内SE
- 人材紹介から企業内人事
- 広告代理店から企業内マーケター
- 戦略コンサルから経営企画
逆にアパレルなどの消費者が強い業界は同時に買い手の交渉力も強いです。またピラミッド型の業界構造になっている業界も概して買い手が強いですね。具体的には、
- システム
- ゼネコン
- 広告
などの多重請負構造になっている業界です。
ということで今回は拡張戦略について取り上げました。ひとまずマーケットバリュー向上戦略の基本的な解説はこれで終わりです。
おいおい具体的な職種に即したケーススタディーをとりあげたいですね。
これからもよろしくお願いします。