キャリアについてのよしなし

元エージェントの外資系採用マネージャーがキャリア形成のセオリーを解説します 毎週木曜を含む週1〜2回更新

(コラム)向いている仕事を見つける難しさ、研究者になった友人のこと

私のライフワークの一つが、各ジャンルで一流だったり、生き残るのが難しいとされている職種で生き残り続けている人に「その仕事に向いている人ってどんな人だと思う?」という質問をぶつけることです。

 

このライフワークを続けているといかに多くの人が向いてない仕事をしていたり、向いてない仕事に憧れを持って追いかけてしまったりしているかに気づきます。そして残念なことに、多く場合やってみて初めて向き・不向きが分かるものです。

私の友人で、子供のころから小学校の先生になりたいと思っていた人がいました。彼女は大学で教員免許をとって晴れて先生になったものの、先生としての仕事を心から楽しめない、とこぼしていました。

 

彼女は「自分がそう感じていること自体がショックだった」と言います。

 

結局その人は1年で仕事を辞め、その後地方公務員として幸せに働ける場所を見つけました。その人は「今この仕事について初めて仕事が楽しいと思える」と言います。それはもともと本人が夢見た仕事でもなんでもない仕事です。でも世の中案外そんなものなのです。

 

逆に夢かなってついた仕事が適職だったというのはとても幸せなこと。

 

別の友人で、学者になることを志し、実際にイギリスの大学で国際関係の分野に進んだ人がいました。その人は何年もの苦労のすえに大学で研究者の職を得ることに成功、今も活躍しています。

 

研究者というのは洋の東西を問わず、狭き門をくぐらずしてなることはできません。

 

一度彼女がどうやってその門を突破したのか知りたく、冒頭の質問を投げかけてみたことがあって、その回答が面白いものでした。

 

彼女いわく、「研究の意義とか、世の中にどう役立つかとか考えてしまうタイプは難しい」と。

 

「文系のドクターレベル以上の研究になると、だいたいはたまたま先行研究でカバーされていない本当に小さな、重箱の隅をつつくような領域の些末な検証をすることになるんです。

そんな時にその研究に意味があるのかとか考えだしてしまうと手が止まってしまう。

この仕事に向いているのは、意義なんて関係なしにその領域に対して純粋な知的好奇心を持てるタイプだと思うんです」

 

「でもそれって場合によっては現実の世界から乖離した、アカデミックな自己満足になりませんか」

 

「その可能性はあります。なので研究テーマ設定の際に、教授とかの指導する側が程よい落としどころを探してあげることが必要です。

でも逆に言うと意義とかを考えるべきなのはそこまで。そこから先は純粋なアカデミズムであるべきなんです。

そうでないと、意義のない研究にむりやり意義を見つけにいってしまう。自分の研究の結論が『この研究に意味はありませんでした』になったとしても良しとできる。それが本来あるべき研究者の姿だと思うんです」

 

なんという厳しさ、誠実さだろうと思いました。

 

同時に深く納得できるものがありました。確かにそれがあるべき研究者の姿なのかもしれない。

 

キャリアに関する仕事をしていると、いかに多くの人が向いてない仕事をしていたり、向いてない仕事に憧れを持って追いかけてしまったりしているかに気づきます。

 

そして学者・研究者というのはその「向いている人」の範囲がかなり狭い部類の仕事なのかもしれません。

 

彼女は幸福にも向いている仕事に巡り会えた人でした。

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